パッチアダムス
パッチアダムスはアメリカの医師
(前略)
金儲け優先の医療の在り方に疑問を持ち、愛とユーモアを根底において、人に優しい医療を目指す。
(中略)
現在、自分の目指す医療を、
無料で受けることの出来る
病院施設を建設中
(Wikipediaより)
私が20年以上恋する人、パッチアダムス。
東日本大震災のあった年に来日した時にお会いしました。
一緒に仮装して代々木公園をパレードしたのは良い思い出です。握手した手が暖かくて大きかったです。
このエピソードが私を変えた
パッチの元を1人の青年が訪ねた
原因不明の全身に痛みが出る病気
何年も全米中の病院を
たらい回しされていた
彼がバッチに会うために
病院の住所通りに向かっても
それらしき施設はない
ただ、野原で作業している
おじさんがいるだけ
青年はおじさんに尋ねた
「この辺りに病院があるはずなんだけど」
その間も彼の身体は
痛みが襲う
「そう、病院はあるよ
案内してあげるから、こちらへ来なさい」
青年が案内されたところは
病院らしき施設はない
ただ、小高い丘の上
「どこに病院はあるの?」
「まずは、ここにお座りなさい」
青年が草の上に座ると、
目の前は美しい夕焼けが沈んでいた
青年は、全てを忘れて
その美しい夕焼けを見ていた
夕陽が沈み
風が強くなった頃
おじさんは
こう言った
「君の名前はダグラスだね
知っているよ
ようこそ、私の病院へ」
まだ病院は建設途中で
医療は丘の上の小屋で行われていた
驚く青年に
パッチアダムスはこう尋ねた。
「どうだい?
あの美しい夕焼けを見ている時に
君の身体に痛みはあったかい?」
青年は
数年ぶりに
痛みを感じない時間があったことに気づいた
そして
自分の病気が
治ってもいいのだ
と初めて信じることが出来た
その後、
順調に青年の病気は回復して
彼は病院建設の重要な一員となり
ここで知り合った女性と恋に落ちて結婚をした
痛みの原因は身体だけではない?
身体の痛みの原因は
決して身体のみにあるのではない
と確信したお話です
なぜ、ダグラスの痛みが治ったのか?
20年以上考え続けながら
私はクライアントと向き合っています。
今の私なりの答えを以下に記します。
なぜ、ダグラスの痛みは治らないままだったのか?
脳には本来、慢性的な痛みを緩和するためのホルモンがあります。幼い頃に転倒して膝を擦りむいた時に、痛くて泣いていると母親の
「いたいの、いたいのとんでけー!!」
だけで、大丈夫な気がしてまた遊び出す。
まだ傷は癒えていないのに。
そんな経験はみなさんにもあると思います。
この時に、痛みを緩和させるホルモンが出ています。
このホルモンはオキシトシンといいます。
母親が授乳する時に分泌されることで有名です。
また、別名「ハグホルモン」と言われ、
「安らぎ」や「心のつながり」を感じた時に分泌されます。
しかし、あまりにも強い痛みや辛い思いが続くと
オキシトシンが分泌されなくなります。
また、慢性的な身体の不調に悩んでいる人の多くは、常に自分の身体の不具合を探し続けてしまいます。
その期間が長いと、痛みの存在をいつも探して痛みを見つけると心の中で安心してしまいます。
「ほら、やっぱり痛い。今日もこの痛みは続く。どうせ私は治らない。」
身体は私たちの思った通りになります。
望んでいようがいまいが、思った通りになるのです。
ダグラスは西洋医学の医師に
「この病気は治らない」
とずっと言われ続け、自分でも痛みを確認し続けていたのです。
(脳疲労の観点からの推察です)
なぜ、ダグラスの痛みは治ったのか?
しかし、ダグラスに変化が生まれます。
パッチとともに美しい夕焼けを見ている時に
ダグラスの脳は、痛みを確認することをやめてしまいます。
そして、夕焼けの感動とパッチと共に過ごす時間の中で
「安らぎ」と「(パッチとの)心のつながり」を感じます。
そして、ダグラスはその瞬間に学びます。
「自分は、治っても良いのだ!!」
辛い身体症状を長年持つ方の思考の特徴として
「この痛みは自分への罰である。」
と考えてしまう人がいます。本当は違います。
しかし、そうでも考えないと脳の中で痛みに対しての
納得ができなくなってしまうのです。
おそらくダグラスも同じだったと思います。
しかし、パッチに出会うことで、ダグラスは自分の痛みが永遠ではないことに知り、初めて自分も治って良いのだと許可を出せたのです。
(脳疲労の観点からの推察です)
パッチの視点
もう1つ忘れてはならないのは、パッチの視点です。
もし、ダグラスが一人で美しい夕陽を見ても彼の痛みは治ったのでしょうか?
パッチは、ダグラスにこう尋ねました。
「夕陽を見ている間、君は痛みを感じていたかい?」
この問いを受けてダグラスは痛みが消えていることに気づきます。
もし、この問いがなければ、ダグラスは痛みが消えていたことに気づくことはなかったでしょう。
なぜ、パッチはダグラスにそう言ったのか?
パッチの医療と私のライフワーク
パッチは信じていたのです。
彼が痛みを手放すことができると静かに深く信じていたのです。
このパッチのダグラスが治ることへの信じる思いが
ダグラスに「安らぎ」と「心のつながり」を生み出したのです。
パッチの医療は
「信じること」 でつくられています。
患者さんの持つ無限の可能性を信じているのです。
私のライフワークは代替医療です。
投薬や手術ができない代わりに、身体に負担をかけずに
患者さんの自己治癒力を最大限に高めます。
身体の不調に苦しむ方
心の不調に苦しむ方
私は、私の目の前に現れた方の持つ無限の可能性を信じています。